初夏なのに麦の秋?その意味は?〜七十二候・麦秋至(むぎのときいたる)

熟した麦の収穫時期を
「麦の秋」と呼ぶのですが、
なぜこの時期に「」なのでしょうか。

どこまでも広がるような金色の麦畑。
ノスタルジックな風景が、
その答えを教えてくれます。

こんにちは。
水墨画アーティストの八束徹です。

5月31日から6月4日頃の七十二候は、
小満末候 麦秋至(むぎのときいたる)です。
二十四節気では、小満(しょうまん)。
その小満を3つに分けたうちの3番目(末候)です。

この記事では、その麦秋至、
今回描いた水墨画

について話していきます。

初夏なのに麦の「秋」?〜麦秋至(むぎのときいたる)

初夏に訪れる「麦の秋」

麦秋至(むぎのときいたる)とは、
麦が熟し麦秋となるという意味です。

二十四節気・小満の始まりとともに、
穂が実った若葉色の麦畑。
その麦が熟すと、
若葉色だった麦畑は黄金色に変わります。

これが、麦の秋の訪れです。

麦の秋とは、実際の秋のことではなく、
麦の収穫時期のことを指します。

麦は前年の秋に種を蒔き、
冬の間に育ち、この初夏に実ります。
稲と違い、年越しを経て、
収穫の時期を迎えるのです。

今でこそ日本人の主食は
米だと言われていますが、
昭和の半分を過ぎても
一般市民が食べていたのは麦飯でした。

本当の秋に収穫される「米」を
食べることができたのは、
裕福な人達だけだったのです。
米はそれだけ高価なものだったんですね。

農家で収穫した米は売りに出され、
彼らのわずかな収入になるだけでした。
そんな暮らしの中、
この収穫時期に黄金色に染まる麦畑は、
本当に身近に感じれるもの
だったのでしょうね。

季節の節目として、
こうして七十二候に組み込まれるのも
わかる気がします。

梅雨の下では栽培が難しい麦

今では日本でも当たり前のように
米を食べるようになり、
昔ほど麦の需要はなくなりました。
元々梅雨入りが麦の栽培を
難しくしていたこともあり、
現在日本で作られている麦は、
梅雨のない北海道産のものがほとんどです。

麦から作られるものは麦飯だけではなく、
パンやパスタなども小麦からですし、
暑い夏には格別の冷たいビールも麦が原料です。

日本の麦は、今ではほとんどが
輸入に頼ってはいますが、
この麦秋至(むぎのときいたる)で染まる
北海道の黄金色の麦畑を思い描きながら、
それらを食べたり飲んだりするのも、
趣があって良いかもしれませんね。

水墨画で七十二候を描く〜麦秋至(むぎのときいたる)

今回は大麦を描きました。

麦飯にするには、大麦なんだそうです。

薄墨を含んだ筆の先端に
濃墨をつけて先隈を作り、
麦の実をちょんちょんと描いています。
その後、掠れ気味の濃墨で
芒(のぎ=とげみたいな部分)を
描き足しています。

奥にある麦は、
薄墨をたっぷり含んだ筆で
ぼかすように描いています。

今回は終始、運筆を早めて
一気に描き上げました。

当時、自ら生産しながら、
その米を食べられなかった農夫たちや、庶民。
麦飯は彼らが生きていくための
大切な食料であった、という背景を思うと、
丁寧に綺麗に描く気にはなれなかったです。
適当に描いたというのではなくて、
上品には仕上げたくなかったということです。

まあ今の時代、米は
逆に安く買い叩かれるくらいですから、
この視点での作画は、
あまり伝わらないかもしれませんけどね。

ただ、国の礎は富裕層や為政者ではなく、
市井の民です。

これだけは決してくつがえりません。

まとめ

今回話したのは、

  • 七十二候・麦秋至
  • 水墨画で描いた麦秋至(むぎのときいたる)

についてでした。

次の七十二候は、芒種初候 螳螂生(かまきりしょうず)です。
二十四節気は、芒種(ぼうしゅ)に変わります。