こんにちは。
水墨画アーティストの八束徹です。
葭始生(あしはじめてしょうず)とは、
葭(アシ)が芽を吹き始めるという意味です。
葭(葦)と書いて、アシ。
葭(葦)と書いて、ヨシ。
どちらも正解ですが、
川辺や湿原に無造作に伸びるそれに、
なぜ二つの呼び方があるのでしょうか。
それは言霊信仰によるものなのです。
この記事では、その葭始生、
今回描いた水墨画、
について話していきます。
*4月20日から4月24日頃の七十二候は、
穀雨初候 葭始生(あしはじめてしょうず)です。
二十四節気は、穀雨(こくう)に変わります。
その穀雨を3つに分けたうちの1番目(初候)です。
目次
七十二候・葭始生(あしはじめてしょうず)
言霊信仰が呼び方を変えた「アシ」
さて、もしかしたら初めから、
アシという呼び方が
気になっていたかもしれませんが、
その通り、アシは現代では、
ヨシと呼ばれています。
アシは古い呼び方です。
なぜ呼び方が変わったかというと、
アシは、悪し(あし)を連想させるからです。
だから、ヨシ(良し)に変えたわけです。
こういう考え方を、
言霊信仰(ことだましんこう)といい、
平安時代に起こったものといわれています。
スル(する)メをアタリ(当たり)メと言ったり、
受験の際にすべるこける落ちるなどが
禁句だったりとか、
そういったことです。
言霊信仰は私達の暮らしに
しっかり根付いていますね。
今なら「考えすぎ」
と片付けられてしまうかもしれませんが、
信心深く神仏に祈って暮らしていた時代
ならではの発想なのでしょうね。
七十二候ではそれ自体の歴史が古いため、
今でもアシの呼び方が使われています。
ヨシと言い換えた説明もあるようですが、
ここでは始まりにあわせて、
アシと言っています。
あ、大丈夫、何も悪いことは起こりません。
日本の原風景〜葭(アシ)の原
葭とは(葦、蘆とも書く)、
沼や川辺などの水辺に群がって生えている
背の高い植物のことです。
稲と同じイネ科の植物です。
大昔の日本の湿地帯には、
葦原(アシハラ)と言われるほど
葭がたくさん生えていました。
古事記や日本書紀などの神話の中で、
日本のことを、豊葦原瑞穂の国
(とよあしはらのみずほのくに)
と自称していたくらいですから、
葭が豊かに群生する景色は
当時の人達にとって、
祖国の原風景だったのかもしれませんね。
なんとなく日本昔話を思い出します。
アシの幹は木化するほど丈夫で、
(本当に木や枝みたいにはならないんですが)
稲刈りが終われば葦狩りをするというくらい
人の暮らしに必要とされて、
いろんなものに使われてきました。
今でも、藁葺き(わらぶき)屋根や、
(茅葺き(かやぶき)屋根はススキを使用)、
すだれ、薬、紙などに使われています。
アシは稲と同時期に春に生まれ、
稲とともに秋に刈られて、
稲と同様に人の暮らしを助け
今もともに寄り添い続けています。
水墨画で七十二候を描く〜葭始生(あしはじめてしょうず)
今回は川辺に群生する葦を描きました。
葦原は金色に輝く日本の美しい原風景、
そんなイメージもありますが、
私的には、どちらかというと、
なんだか淋しさの漂う、
現代においては、打ち捨てられた
殺伐とした田舎のだだっ広い川の景色
といったイメージのほうが強いです。
例えが悪いですが、
サスペンスドラマなんかで
死体が発見されるような場所
という感じの。
世界は文明の発達により
どんどん明るくなりました。
なので明かりの届かない場所はみな、
寂しい場所として認識されます。
先の東日本大震災によって、
無駄な明かりがあることがわかり、
コロナの蔓延によって、
無駄な夜の賑やかさがあることがわかり、
それによって色々と気がついた人も
いるでしょうが、
たいていの人はいつも
明るく賑やかな場所を求め
己の孤独と向かい合うことから
避け続けています。
どれだけ毎日を楽しく明るく
作り上げてみても、
自分の心の原風景が
その淋しい川辺のようだとは、
決して認めまいとして。
それがアシなのが、ヨシなのかは、
自分が出す答え次第なんでしょうね。
まとめ
今回話したのは、
- 七十二候・葭始生(あしはじめてしょうず)
- 水墨画で描いた葭始生(あしはじめてしょうず)
についてでした。
次の七十二候は、
穀雨次候 霜止出苗(しもやんでなえいづる)です。