梅雨入りとともに梅の実がなる。梅干しの元〜七十二候・梅子黄(うめのみきばむ)

梅雨の訪れとともに実を熟す梅。
雨に濡れた地面に落ちた梅の実の哀愁も、
この初夏の風物詩です。

そして美味しい梅干しの元でもありますね。

こんにちは。
水墨画アーティストの八束徹です。

6月16日から6月20日頃の七十二候は、
芒種末候 梅子黄(うめのみきばむ)です。
二十四節気では、芒種(ぼうしゅ)
その芒種を3つに分けたうちの3番目(末候)です。

この記事では、そんな梅子黄、
今回描いた水墨画、

について話していきます。

梅雨入りとともに梅の実がなる。梅干しの元〜梅子黄(うめのみきばむ)

長い梅雨に育つ梅の実

梅子黄(うめのみきばむ)とは、
梅の実が黄ばんで熟すという意味です。

梅といえば梅の花も美しいですが、
七十二候で取り上げられている梅は、
この梅の実のほうです。

ちょうどこの長い雨季に実を宿すことから、
梅雨という呼び名ができた
という説もあります。

熟した梅は、梅干しなどに使われますが、
まだ若い未熟な梅には
青酸が含まれている
ので、
そのまま食べちゃダメだそうです。
熟してしまえばその毒成分は
分解されるらしいですが、
まあ、とはいえそれだって、
梅をそのまま食べることって
ない気がしますけどね。
どうなんでしょう。

ところで熟す前に落ちてしまう
梅があるのはご存知ですか?
黄色く若い梅が地面に落ち
潰れているのを見たことはないでしょうか。

これは梅の木が自分ではもう支えきれない実を、
放棄してしまうからなのです。

これを梅の木の生理落下といいます。

そこでふるい落とされなかった梅が、
やがて熟して収穫されて、
私達の食卓に運ばれてくるというわけですね。

家庭の味の一つ〜酸っぱい酸っぱい梅干し

やはり梅といえば梅干し・・・ではないでしょうか。

現代では家庭の味のひとつとして
食卓に当たり前のように乗っています。

しかしそれは現代の感覚であり、
高級品だった梅干しが
庶民の手に届くようになったのは
江戸時代に入ってからだったのです。

まあ、今でも梅干しは高いですけどね。

冬から初春にかけての、
梅の花を楽しむのが一般的ですが、
梅の実の揚々と熟れた様子も、
地に落ちて潰れているわびしい姿も、
また季節を感じさせてくれるものです。

季節は常に人の暮らしに
寄り添っています。

しとしと振り続ける梅雨と、
雨音が響く静かで少し暗い台所。

あったかい白いご飯と酸っぱい酸っぱい梅干し。

近くにいても離れていても、
忘れてはいけないものがあると。
それを思い出させてくれるのが
季節というものなのでしょうね。

水墨画で七十二候を描く〜梅子黄(うめのみきばむ)

今回描いたのは、
梅の木になっている梅の実です。

濃墨で手前のみを描いて、
奥の重なり合う実は
先隈で描いています。
濃墨だけでは、
真っ黒な丸が重なるだけに
なってしまいますからね。

あとはその筆で葉を足し、
太い枝を足し、
また濃墨で葉脈と細い枝を入れています。

枝はかすれが出たほうが
「水墨画」になります。

ところで私の母は、毎年
庭の梅の木から収穫した梅で
梅干しを作っていて、
私のところへも送ってきてくれます。

この絵の梅も、
そんな母が梅干しを作る姿を
想像しながら描きました。

絵の技法も覚えて自慢するためではなく、
相手に想いを伝えるために学ぶものです。

そんな母に画家としてのこの想いが
伝わるかどうかは、
私には決められないんですけどね。

まだ足元にも及びませんが、

その愛情に近づけるだけの成長を、
私はいつも目指しています。

それはそうと
ずっと梅干しの話をしてたら、
なんか唾が溜まってきちゃいました。

まとめ

今回話したのは、

  • 七十二候・梅子黄
  • 水墨画で描いた梅子黄(うめのみきばむ)

についてでした。

次の七十二候は、
夏至初候 乃東枯(なつかれくさかるる)です。

二十四節気が、夏至(げし)に変わります。