こんにちは。
水墨画アーティストの八束徹です。
黄鶯睍睆(うぐいすなく)とは、
ウグイスが山里で鳴き始めるという意味です。
その鳴き声はどこからするのだろう?
そう思って探しても、
ウグイスはなかなか姿を
見せてはくれません。
その理由は警戒心の強さから
なのです。
この記事では、その黄鶯睍睆、
そして今回描いた水墨画、
について話していきます。
*2月8日から2月12日頃の七十二候は、
立春次候の、黄鶯睍睆(うぐいすなく)です。
二十四節気では立春。
その立春を3つに分けたうちの2番目(次候)です。
目次
七十二候・黄鶯睍睆(うぐいすなく)
身を隠しながら鳴く警戒心の強いウグイス
![](https://yatsukatoru.com/wp-content/uploads/2021/03/1303696_s.jpg)
耳をすますと聞こえてくる、
「ホーホケキョ」。
オオルリ、コマドリと並び、
日本三鳴鳥のひとつに数えられる鶯は、
春告鳥とも呼ばれています。
この鳴き声を聞くと、
同時に春の暖かさが
漂ってくるような気さえしますね。
ウグイスは春の訪れを待ち焦がれていた
私たちの心を和ませてくれます。
実際には雄のウグイスが、
ここは俺の縄張りだと鳴いているのですが、
早春に聞こえ出す鳴き声は
その季節の変化とシンクロして、
まだ冷たい風に身を縮めている人間に
夢を見せてきたのです。
鶯はたくさんの和歌にも詠まれてきました。
そうやって昔から愛されてきた鳥なのです。
私達は皆、春が待ち遠しいのでしょうね。
鶯は警戒心が強く、
なかなか人前には姿を現しませんが、
それが尚更、人々に神秘的な印象を
与えていたのかもしれません。
東京・鶯谷の地名の由来
![](https://yatsukatoru.com/wp-content/uploads/2021/03/4256534_s.jpg)
ちなみに東京の鶯谷という地名は、
江戸(東京)のウグイスの鳴き声が
気に入らなかった昔の皇族が
京都から何千羽ものウグイスを取り寄せて、
ウグイスの名所になったからだとか。
そんな逸話もあるそうです。
鶯谷駅は立ち並ぶラブホテルでも
有名ですが、
反対側(山手線の内側)には、
徳川家の菩提寺やお墓などが
広がっていたりして、
結構面白いところです。
さてところが。
実際にウグイスの声が聞こえてくるのは、
まだ少し先だったりします。
七十二候は江戸時代に
作られたものですから、
現代の気候と比べたら、
その辺のズレも
生じてくるのかもしれません。
もしかしたら、
警戒心が強いウグイスのことですから、
あなたが焦らずに
春を待ってくれているかどうかを、
試しているのかもしれませんね。
七十二候を水墨画で描く〜黄鶯睍睆(うぐいすなく)
![](https://yatsukatoru.com/wp-content/uploads/2021/03/9-1.jpg)
「ほーほけきょ」と鳴くウグイスの声は、
まさに春を告げる鳴き声として、
大昔から人の心を暖めてきました。
しかし、彼らがそうやって鳴く理由は、
そんな穏やかなものではないのです。
まず、その鳴き声を聴かせてくれるのは、
ウグイスのオス。
そう、この鳴き声は
縄張りを守るためのものなのです。
そのオスのウグイスは、子供達のために
餌を取りに出かけたメスの帰りを、
縄張りを守りながら、待っているのです。
突然、「キョキョキョキョ!」と
不穏な泣き声に変わるのを聞いたことはありますか?
あれは危険を知らせるためのもの。
例えばカラスが、雛鳥を捕まえて
食べようと近づいてきているのです。
夢うつつの春の陽気と決めつけて、
歌を詠んだり絵を描いたりするのは
人間の勝手な解釈。
彼らは自然の中外敵と戦いながら、
必死で生きているのです。
私達人間が、苦悩を続けているように。
まとめ
![](https://yatsukatoru.com/wp-content/uploads/2021/03/4552340_s.jpg)
今回話したのは、
- 七十二候・黄鶯睍睆
- 水墨画で描いた黄鶯睍睆(うぐいすなく)
についてでした。
次の七十二候は、
立春末候 魚上氷(うおこおりをいずる)です。