八束徹|作品紹介【年輪】

ストーリー

40歳を過ぎたあたりから、一時期、
私は若さに執着するようになりました。

過ぎたことを今更ああだこうだと
気にしてもしかたない。
人は前に進むしかない。
などとよく耳にするポジティブシンキング。

理屈はそうだが、
若い頃にそう言われるのと、
年端を重ねてそう言われるのとでは
受け止め方が大きく変わる。

この時、私の心は過去に奪われて、
明日に自ら蓋をして、
他人を妬み、羨み、憎み、
そして自分自身に失望していました。

そんな疲れた心が偶然見つけたのは、
仕事の休憩で立ち寄った公園の切り株。
切り口はまだ新しく、
ぶった切られたその大樹の年輪は、
決して綺麗な円を描いてはおらず、
歪みながら
不恰好に広がっていたのです。

不器用でも不恰好でもなく、
かっこよくもスマートでもなく。
ただただそこに刻まれていました。

私はそれを見た時、ようやく、
そうか、それでいいのだと気がついたのです。

失敗も今の自分も、
結果的に積み重ねられていく。

うまくいったことも、
ダメだったことも。

そこに答えなどいちいち必要ないのだと。

そこに人生があるだけなのだと。

ならば大きな野望などなくても、
同じように年輪を重ねて、
生き抜いてやろう。
生きていていいんだ。
前を向いて希望を抱いて
これからも年輪を刻んでやろうと。

そしたら最後の最後に、
それを誇れるかもしれないと。

これはきっと、
どんな人生を歩んでいる人でも同じですよね。

積み重ねていく人生は、
綺麗じゃないし、スマートじゃないし、
不恰好でも不器用でも
生き抜いたら太くなっていく。

歳を重ねることは恥ずかしくもなんともなく、
堂々と胸を張っていいことなのだと。

そう考えたら逆に、
後ろなんて見ている必要はないはずです。

年輪は重ねるから素晴らしいのであって、
削り取るものではないのだから。

そんなことを伝えたくて描いた絵です。

作品詳細

2020年12月作画*半切2/1
2022年10月の個展にて販売済みです

*著作権は八束徹に帰属します。
絵のダウンロードや無断転載はお控えください。