【水墨画の有名画家・白隠】達磨を描いたお坊さん。バイクで漂うソロツーリング〜白隠禅師探訪・松蔭寺(静岡県)

水墨画の有名画家の1人に
白隠慧鶴(はくいんえかく)という人がいます。

日本仏教のひとつ、臨済宗のお坊さんです。

日本の水墨画は、同じ臨済宗のお坊さんである、
雪舟が中国で学び、広めたものと言われています。
臨済宗は、禅宗という呼び名でも知られていて、
そこから彼ら禅宗の描いた絵が、
禅画と呼ばれるようになりました。

白隠はその中の、著名な作家の1人です。

その白隠が生まれ、最後に住職を勤めた
松蔭寺がある地が、静岡県沼津市です。

この記事では、白隠禅師について、
松陰寺の歴史とアクセス、松陰寺参拝、
そして白隠の墓前で祈るまでを話していきます。

聖地巡礼の旅でした。

天候は曇り後雨。
風はなし。

豪快なだるまの絵の作者〜白隠慧鶴について

墨で描かれた豪快な達磨の絵を
見たことはありませんか?

強烈な存在感を放つ白隠の残した作品です。

簡単に描けそうにも見えてしまいがちですが、
ポップな歌とかもそうじゃないですか?
才能が違うんだよみたいな感じが表に出てる作品って、
私はさほどでもない気がします。

とにかく、それを描いた白隠は
紛れもない天才画家なのです。

白隠禅師は僧として仏の教えを民衆に広めるために、
1万点以上の絵を描いています。
わかりやすく伝えるために絵にしたんですね。
字を読めるのが当たり前の現代とは違いますから。

白隠の絵は「画家としての成功」という夢から
始まったわけではなかったのです。
ただ人のため、人を救うためと描いた絵が、
今も愛されて、現代へ受け継がれているのです。

松蔭寺について

臨済(りんざい)宗系の、700年の歴史を持つ寺院。
地元では白隠さんと呼ばれ親しまれる、白隠禅師ゆかりの寺。
山門と山堂が国の登録有形文化財、
自画像や経本などが静岡県指定文化財になっています。

住所:静岡県沼津市原128番地 
アクセス:JR東海道線原駅より5分 
     富士急シティバス白隠前1分

駐車場について:寺は旧東海道沿いにありますが、
お墓詣りに来た方が寺の敷地に車を停めていたくらいで、
観光客用の駐車場などはありませんでした。

私は隅っこのほうにバイクを停めて参拝して来ました。

ちなみにすぐ近くの「白隠誕生の地前」という交差点を
駅とは逆方向に折れて更にバイパスを突っ切って直進すると、
飲食店がある通りに出ます。

松蔭寺参拝〜聖地巡礼

境内は本当にこじんまりとしていて、
予想していたような「観光客向け」のつくりではありませんでした。
民家の中にひっそりと静かに、
そして凛として、
あるべき姿をしてそこに佇んでいます。

少し見て回ると、観光気分はあっという間に終わります。

帰りに案内板を見て気づいたのですが、
その境内以外にも他に見て回れる所縁のお寺はあったようです。
ただ私はそこまでの観光気分ではなかったので、
またそこでバイクから降りることはしませんでした。

白隠の墓前で祈る

奥に墓地があり、お盆の墓参りの家族連れが
ちょくちょく訪れていました。

よそ者がその土地の住人の先祖が眠る
墓地に入るのは、どうしても気が引けます。

なるだけ静かに、白隠禅師の墓を探し歩きました。

白隠の墓にはしゃがみこんで掃除中の住職がおられました。
声をかけようかと思いましたが、
邪魔にならないようにと少し離れて手を合わせました。

その住職はとても穏やかで優しそうな顔をされていて、
私の気持ちをわかってくれているような気がして、
そして絵がもっとうまくなりたい願う心が
必要以上に俗なもののように思えて、
萎縮してしまっていたのも事実です。

まとめ

今回話したことは、

  • 白隠慧鶴について
  • 松陰寺について
  • 松陰寺参拝
  • 白隠の墓に祈る

でした。

寺院内には白隠禅師の水墨画が
飾られているような場所はありませんでした。
個展などで観るしかないようです。

憧れの画家の眠る地。
ここに来たことで、力をもらえたような気がした、
そんな曇り空の晩夏の午後。
いや、そう思い込みたかったのか。
ここで白隠禅師が教えてくれることは、
そういうことではないのではないか、と。

そんな思いが胸の真ん中を曇らせる中、
千本松原へバイクを走らせる私の肩に、
やがてポツリポツリと雨が落ち始めたのでした。