紅梅とエンターテイメント

そこにずっとあったのだ、紅梅は

人に与えられた時間は限られている。

資本主義の構造──働いて、稼いで、使わされて、
足りなくなって、また働く。
このループから抜け出せない人々。
睡眠を削って、走り続けて、でも幸福にはならない。
なぜなら、システムに操られているからだ。
深く考えることをしない多くの人々は、
あれやこれやといろいろ欲しがるように洗脳され、
自分の得ている報酬以上のものを手に入れようとする。

しかしその全てを手に入れるには、
自分に与えられた時間では、
既に足りないことにも気づいていない。

走れば何とかなる。睡眠を削れば何とかなる。
信じて操られて、走り続けている。

私もそうだ。すれ違う赤の他人に勝手にイラつき、
時には誰かを傷つけても、
自分を正当化することに疑問を感じていない。

今朝も他人とすれ違い、早足で追い抜くなか、
ふと見かけた紅梅は、ただ美しく、そこに咲いていた。
植えたのも人間だが、
大抵の人は目もくれず通り過ぎていく。

私は足を止めた。
そして、気がついた。

人が欲しているのは、アートではない。
幸福の度合いでもない。
ただそのスピードに耐え得るエンターテイメントなのだ。

けれどもし、私が立ち止まったように、
あなたにもそうすることがあったならば、
そこにアートが見つかるかもしれない。 

私の岸辺はそこにある。
あなたの窓辺からも見える場所に。

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