いじめを「平等」に解決するという不可解な方程式。

ここに書いたことが全てではありません。
もっと深く考えてくれる大人もいるでしょう。

しかし、以下のような解決方法を取られた場合、
いじめられていた子供は
大人を疑ったまま成長するでしょう。

虐められる痛みは大人になってもわからない

いじめられっ子が教師に相談しても、
その教師がいじめられたことがなければ、
いじめられている子の気持ちは絶対にわからない。

自分の学校生活を、
「みんな仲良し、楽しい青春の1ページ」
として覚えている教師は、
いじめられっ子のこともいじめっ子のことも、
そのフィルターで見ること「しかできない」。
むしろそうならない、
そうできない子供は間違いだと思ってるフシもあって
いじめられっ子を心のどっかで
悪者扱いしてる場合もある。

「平等」というメルヘンチックなお花畑

この「平等」を基準に行われるのが
強引ないじめ解決策。

この世の中で1番クソみたいな言葉を
テーマに。

結果として、

いじめる側はいじめる楽しさを奪われる
いじめられる側はいじめられる痛みから救われる

はい、これでとんとん、痛み分け〜となる。

いじめっ子が取り上げられた楽しみは、
例えばゲームでも取り上げられた
そんな程度のもの

いじめられっ子が救われたその痛みは
例えばもう死にたい
そこまで自分を追い込んだもの

これで平等ですか?
次元が違わないですか?

痛み分けあえてますか?

「いやあ、そんなこと言ったら、
ゲーム取り上げられて死にたいと思う子も
いるかもしんないじゃん」

なんて言ってくるレベルの
腐ったメルヘン脳の集まりが、
正義の味方の椅子に座っているのです。

結局ただの多数決なんです。