雀の恩返し。警戒しながらなぜ人の暮らしに寄り添う?〜七十二候・雀始巣(すずめはじめてすくう)

こんにちは。
水墨画アーティストの八束徹です。

雀は燕と同じく、
人の暮らしのそばで生き続けます。
しかし警戒心の強い雀は、燕のように、
人の目に触れるところには巣を作りません。

それはなぜなのでしょう。

3月20日から3月24日頃の七十二候は、
春分初候 雀始巣(すずめはじめてすくう)です。
二十四節気は春分(しゅんぶん)に変わります。
雀始巣は、その春分を3つに分けたうちの1番目(初候)です。

この記事では、その雀始巣、
二十四節気・春分、
について話していきます。

雀の恩返し。警戒しながら雀はなぜ人の暮らしに寄り添う?〜雀始巣(すずめはじめてすくう)

警戒しながらも人の暮らしに寄り添う雀達

雀始巣(すずめはじめてすくう)とは、
雀が巣を構え始めるという意味です。

雀は警戒心は強いですが、
人間の近くで生活します。
そのほうが天敵から身を守れるからです。
そのため、雀は木には巣を作らず、
人が建てたものの隙間などに巣を作ります。

「巣くう」と言われても、警戒心が強い分、
あまり雀の巣を見かける機会は
ない
ですよね。
餌を運ぶ親鳥の姿を追いかければ
その先に巣はあるのでしょうが、
隠したいものをわざわざ
暴きに行く必要はありません。

しかしそれにしても、
雀は私達には馴染みの深い鳥です。
親鳥はヒナ鳥のために、
蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)
出てきた虫を捕まえて巣へ運びます。
世の中で起きている現象は
こうして繋がっているのです。
雀達は、他の鳥と比べて
細長くはできていないくちばしで、
子供達のために一生懸命虫を捕まえます。

そして人間はそんな雀を捕まえて、
焼いて食べてきました。
現代では衰退気味ですが、
参道の屋台などでその文化は残っています。
昔は焼き鳥といえば、
雀の丸焼き
だったくらいです。

童話にも登場する雀からの教訓

それから、舌切り雀の物語もそうですが、
私達が教材などで知る童話
教訓として都合良く書き直されているだけで、
実際は国外も含め、もっと
人間のグロテスクな部分が
反映されたドロドロしいものです。

舌切り雀でも、
家に帰るまで開けてはいけません
という舌切り雀との約束を破り、
お婆さんが帰宅途中で開けたつづらからは
お化けが飛び出してきたりします。

自然界の生き物が
人間の暮らしと寄り添うには、
それだけ人間を疑わなくてはならない
ということでもあるのでしょうね。

さて外では今日も暖かい日差しに包まれて、
雀がちゅんちゅんと鳴いています。
人が感じる平和の中で、
人の近くに隠れながら。

昼と夜が同じ長さになる日〜二十四節気・春分

二十四節気が春分に変わりました。

春分の日は秋分の日と同じく、
一年のうちで、昼と夜が同じ長さになる
と言われている日です。

この日を境に次の清明までの期間が、
春分になります。

この日を過ぎると夏至にかけて
だんだん昼の時間が伸びていきます。
夜明けと日没の間が長くなり、
車のライトをつける時間も
変わっていきますね。

暗くなる時間が遅くなると、
妙に安心感が生まれたりするものです。

小さな頃に外で遊んでいて、
暗くなる空に感じたあの不安感が
なぜか今になっても心に残っていて、
ふと蘇り不思議な気持ちになります。
そして、そんな胸の奥がすっぱくなる感覚を、
伸びていく日没時間が和らげてくれます。

この日は春分の日として、
国民の祝日
にもなっています。
祝日でも働くしかない場合もありますが、
新しく吹く春の風を吸い込んだら
気持ちを入れ替えて、
新しい季節と新しい自分を
迎え入れましょう。

時間は進んでいきますから。

七十二候では、このあと、
美しく儚い桜の開花へと続きます。

まとめ

今回話したのは、

  • 七十二候・雀始巣
  • 二十四節気・春分

についてでした。

次の七十二候は、
春分次候 桜始開(さくらはじめてひらく)です。