絵の楽しみ方を考える〜作家の伝えたい想いを探る

私は他の画家の絵を観る時、

筆使いがうまいとか、
よく丁寧に描いたなとか、
色使いがいいとか
これはこういう技法を使っているのかなとか、

そういう見方を極力しないようにしています。

なるだけそういうフィルターは排除して、
胸に、
「すとん」

と来るかどうかを探ります。

そこには作家の何かしらの想いが詰まっています。

作家の伝えたい想いはあるの?

描くからには、作家には何か伝えたいものがあるはずです。
それは、その絵を介して伝えたい想いがある、のか、
技術に従順に器用に描いたものを、上手だね、と
褒めてもらいたいのか

どちらなのかで、話が変わります。
非常に重要な分岐点です。

やはり作家の伝えたいことが
溢れているのが絵ではないでしょうか。
もちろん、それは人との繋がりと同じで、
作者の思い通りには伝わりませんが。

例えばあなたが足を運んだ展覧会では、
器用に描いて満足しただけの絵ばかりが集まっている。
それを見ているあなたはもちろん絵描きではありません。
ジャンルへの知識も曖昧です。

だとしたら、
おもしろいでしょうか?その展覧会。

作家は技術を語りたがる

技術は作り手がその想いを伝えるために学ぶものです。
私も以前は音楽活動について、
とにかく夢中になって語っていました。
今思えば、相手が戸惑っていたのもわかるのですが、
その時は自分の話に夢中で気にもせず。

例えば良い音楽に出会った時、その作者から、
「この歌はこういうマイクで録音したんだ」
「ギターは誰もが知る有名なメーカーのを
使ってるんだよ(誰もは知らない)」
「このドラムのリズムの刻み方わかる?」
「ピアノはクラシック系の人に頼んだから、
一味違うんだよ」

こんなこと言われてもそんなもの、
正直なところどうでもよくありませんか?

説明を聞きながら、
そういうことじゃないんだけどな
別にそんな説明いらないんだけどな
って感じになりませんか?

ただ、心が動いたからその歌を
良いと思ってるだけであって。

努力を褒めて欲しいから喋り過ぎる

努力して学んできたわけだから、
身につけたその技術を褒めて欲しいのは当然です。
私ももちろん同じです。
その努力をしてきたことそれ自体も、
頑張ったねと言ってほしいですよね。

ただそれをのぞめる相手は、
その分野の師匠であり諸先生方であり、
同じように作品作りをする仲間たちなのです。

家族ですら芸術を間に挟んでは、
距離ができたりするものです。

ですから、純粋にその絵を楽しみたいあなたに
それを望むのは話が違ってくるわけですね。
望んで良いことは、絵に感動してもらうことです。
込めた想いがあなたに伝わることです。
というか、
「何か自分に伝えようとしている」 と
あなたに足を止めてもらうこと。

プロセスや技術の説明は響かないのです。
それは「感動」についてくる付録みたいなものです。
その道の人しか欲しがらない付録です。

作家の想いと出会おう。

絵のこと(難しい話)など、
わかっていなくていいのです。

音楽を聴くのに、音楽についてわかっている
必要がないのと同じです。

もしこの記事があなたに
きっかけや心変わりを与えられたのならば、
本屋さんや図書館やネットで絵に触れてみてください。
できれば直接個展や展覧会などに出かけて、
直接その目で見てもらえたらもっと嬉しいです。
そしてそこに大なり小なりの感動があるかもしれません。
感動というと大げさに聞こえるかもしれませんが、
心が動くか動かないか、それだけのことです。
何か小さいことでも心が動いたら、
それは楽しんでいるということです。

そうしたら、
この絵は何を伝えたいんだろう
そんな風に思うかもしれませんし、
あなたなりの解釈でそれを受け止めるかもしれません。

絵も力を持っています。
あなたの暮らしに、力をくれたり彩ってくれたり。
生きるために役に立てるだけの力を。

いつもイヤホンで聞いている
その歌には勝てないかもしれませんが、
その歌同様に、予想以上に、
あなたを楽しませてくれるものです。