【孤独の歌】自作の歌詞とその背景を綴る第14話〜今夜俺は人を刺した

「あの人あやしくない?」

この時期、うまくいかない暮らしの中で、
自分を不幸へ不幸へと追いやる思考は、
止まることを知りませんでした。

笑うのも下手くそになりました。
話さないから声も出なくなりました。

故郷で録音したカセットテープと
当時のライブ音源を比べると、まるで別人のようでした。
ライブ中のトークも、初回から比べて
どんどん聴きづらくなっていきました。

倉庫の派遣の仕事で知り合った先輩宅に招かれた際、
奥さんがキッチンの奥の方でその先輩に

「すごい暗い!大丈夫、あの人?あやしくない?」

みたいなことを言っていたこともありました。
私は聞こえないフリをして、戻ってきた先輩に
下手くそな笑顔を送りました。
こんなふうに、私という人間は、今や

病人のように世間から認識されている

そう感じていました。
とにかく、自分は周りから浮いているんだ。と。
人と違うんだと。
せっかく新しく東京でいちから始める予定が、
故郷という亡霊に足を掴まれて、
まるで泥水の上を歩いているかのようでしたから。

自ら距離を置いたにせよ、何事にも原因はあるわけで、
それを責められる筋合いはないと、
集団心理に基づいて生きなければならない
なんてことはあるのかと、
その後も長く、私はクラスメイト達を恨み続けました。
向こうは私のことなど、とうに忘れているだろうに。

そして、そんな自分を肯定するために、
負け犬のような暗い表情をして暗い歌を歌うという、
その世界観を保つことが私のアーティストとしての
姿勢だと思い込むようになります。
なんの華もない下を向いた男がステージに出てきて
ボソボソと歌うのです。
ボブディランに憧れて買った
ギブソンのアコースティックギターを抱えて。
ボロアパートで大きな音も出せない環境の中で、
そんな愛用のギターもちゃんと鳴らせなくなっていましたが。

これが当時の八束徹でした。

今でも明るい歌とか、癒し系とか、泣ける歌とか
そういうのが私は嫌いなので、
歌の世界はそのままその当時の延長線上にあるのですが、
何も誰も信じれず人を怖がって暗いのとは別物ですから。

この歌は、このまま自分の弱さ暗さに負け続けた場合、

間違えたら誰かを刺してもおかしくないなあ、
そのくらい病んでしまうだろうな

そんな思考に陥って書いた歌です。
あの憎たらしい顔、顔、顔を脳裏に浮かべながら。

もちろん負けるつもりはありませんでした。
あくまで、そういう想定で書いた歌です。 

しつこいようですが、あくまで想定ですよ。
私には前科はありません。

今夜俺は人を刺した

俺の愚痴を黙って聞く友達の顔や
殴り合って深く心に残った傷跡や
燃えて消えた恋人のいくつかの写真が浮かんだ
今夜俺は人を刺した

ボロボロになった薄っぺらな黒い鞄
ベッドの上に脱ぎ捨てられた着古した制服
吠えたてながら庭を走り回る忙しない犬
今夜ついに人を刺した

ハガキの裏のあいつの子供の笑い顔や
出ていったきりもう3年も会っていない妹や
どんな化粧でも疲れが隠せないといった君の背中
今夜俺は人を刺した

単調な生活の中で忘れてしまった優しさ
遠巻きにしながら俺を嘲る会社の連中
いつも昨日のことばかり話していた生活
今夜ついに人を刺した

あたり一面を埋め尽くす真っ白い雪
寝室で静かに洗濯物を畳む母親
俺を現実から逃げ出させようとする想い出
今夜やっと人を刺した